観音様を見つけよう!

あけましておめでとうございます。檀信徒各家におかれましてこの一年が平穏無事なものとなりますことを謹んでご祈念申し上げます。(本紙を賀状代わりとさせて頂きます)

お正月…昭和の頃のお正月の風景を思い起こしてみると、単なる郷愁かもしれませんがほっこりするものがありましたよね。凧揚げや独楽回しや羽根つき等楽しかった思い出が私にもあります。昨年末ご法要の場で幼稚園児・小学生のお孫さんが自分専用のタブレット端末や携帯を持っている様子に接する機会がありましたが、昭和世代のお施主様とは「昔は外で凧揚げとかしたものですが昨今は外遊びを見かけないですねぇ」としみじみ昔話をしてしまいました。

では目を室内に転じてお正月の行事・書き初めは皆さんのお宅ではされておられますか?私も子どもの頃は書いたような記憶があるものの、大人になってからは『一年の計は元旦にあり』という言葉を知っているばかりで、実行することなくずるずる過ごしてきてしまったような気もします。

そこで自分への奮起も籠めせっかくの新年ですので、今年は目標を立ててみるというのは如何でしょう?とご提案したいと思います。

そしてその目標自体もご提案したいのです。
観音様を見つけよう!
こうご提案したいと思います。この言葉は『妙法蓮華経観世音菩薩普門品』(みょうほうれんげきょう かんぜおんぼさつ ふもんぼん)通称観音経というお経に触発されて思いついた言葉です。

伊那における常圓寺の御葬儀或いは東照庵がお勤めしている関東在住常圓寺檀信徒の御葬儀の安位諷経(あんいふぎん…斎場から戻ってきてからのお経)において、この観音経の後半部分である世尊偈(せそんげ)と呼ばれる部分をお唱えしています。
「観音様を見つけよう」…出家して三十年も経った今頃になって改めてお経に触発され、これが大切なのでは?と思い至った次第です。

お経の中で『観音様があなたを導くべく、姿を変えあなたのそばに立ち現れていますよ』ということがしつこいくらい繰り返し説かれているのです。具体的に観音様は仏・辟支仏・声聞・梵王・帝釈・自在天・大自在天・天大将軍・毘沙門・小王・長者・居士・宰官・婆羅門・比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷・婦女・童男・童女・天竜・夜叉・乾闥婆・阿修羅・迦楼羅・緊那羅・摩睺羅伽・人・非人・執金剛…というようにありとあらゆるものに姿を変えておられるというのです。若い頃は「こんなにくどくど書く必要があるのかな?」と正直感じていた部分もあるのですが、この年になって「あぁ有り難いなぁ」と感じるようになってきたのです。多くの一般向け仏教書を執筆されたひろさちやさんがご自身の実感として『こどもは観音様』と確か書いておられたと思いますが、ちゃんとお経にも童男・童女と書かれているのです。


一方私たちの現実はというとエゴが肥大化して観音様を見つけるどころか何かに耳を傾けることすら出来ていないことが多いようにも思えます。そういう営みの中において皆さんに少しでも耳を傾けてもらえるよう、観音様は皆さんの身の回りのありとあらゆるものに姿を変えて下さっているのです。

皆さんはその観音様をちゃんと見つけておられますか?観音様を見失ってはおられませんか?

さぁだからこそです。今年はちゃんと観音様を見つけ観音様に耳を傾け、心穏やかに清らかに過ごそうではありませんか!私もまた皆様の中の観音様を見つけ皆様と共に安穏とした日常を過ごしていきたいと思っております。