今年の夏も本当に暑かったですね。報道によると統計のある一九八九年以降で、今夏は最も暑くあれだけ暑かった昨年よりもさらに平均気温が0.6℃も高かったとのこと。もう生物としての限界値…という感じです。
この酷暑を乗り切るためには24時間エアコンはもう必須ですし、子供や男性でも普通になってきた日傘も大切です。個人的にはサプリを上手に活用したり活動量計も利用して体調に気をつけています。
私が使っている活動量計はストレス値も測定出来るのですが、測定結果グラフから興味深いことが分かってきました。炎天下にいるだけで値が急上昇するのも注目ですが、私が取り上げたいのは「日中のストレス値は起床時の値を下回ることはない」ということです。裏を返すと不十分な睡眠のためストレス値が下がり切らないまま起床を迎えてしまうと、日中はその低くないストレス値を最低値として、さらに高いストレス状態で終日過ごさなくてはならないということです。ここから分かるのは酷暑の時だけではありませんが睡眠の質が大切ということであり、こういったことがわかるのは客観的に測定してくれる機器があったればこそです。
何故こんなことをお寺の新聞で書いているかというと、煩悩の度合いも測定出来ればいいのになぁ…という気持ちが私にあるからです。これを叶えてくれるのはドラえもんしかいないかもしれませんが。そんな気持ちになるのは、自分のストレスを人に撒き散らしてしまう人がいるように、煩悩を振り回してしまう人も少なからずいるなぁと感じているからです。
この何が問題かといえば煩悩まみれで大いに問題有りの人に限って、自分がおかしいということに無自覚で無茶苦茶な意見を以て他を攻撃排除しようとしマウントを取ろうとし、自己を省みるという世界と無縁なことです。きっと皆さんのまわりにも「あの人のことだよな」と思い当たる人物が一人はいるのではないでしょうか?
仏教では煩悩の一番奥に潜んでいるものを貪瞋痴(とん・じん・ち)【※むさぼり・いかり・おろかの意】という三つに分類するのですが、これがそれぞれ測定出来るようになれば「あれっ、今日はちょっと貪が高いぞ。気をつけよう」と気付きの一助になるのでは?と思うのです。無自覚なストレスも厄介ですが、無自覚な貪瞋痴も厄介者に違いないと思うのです。
煩悩のあり方という側面で昨今私が気になるのは先の選挙においても見られた排除主義です。人を排除することでしか自己を保つことが出来ない悲しいあり方だと思いますが、仏教ではこれを「慢」と言います。選挙全体が排除主義に傾いてしまったことには、今の日本が抱える危うさが潜んでいるように思います。
では排除主義を煩悩だとする仏教はどういう教えなのでしょうか?
仏教が説くのは「包摂」包み込むことです。それを示すが如く仏教が説く誓いには摂という字を用いた摂律儀戒(しょうりつぎかい)・摂善法戒(しょうぜんぼうかい)・摂衆生戒(しょうしゅじょうかい)なるものがあります。
うち摂衆生戒は「みんなとお悟りの世界に」という願いです。橋本恵光老師も「諸々と行くこそ覚りなれ」と説かれています。
今は丁度お彼岸の時節ですが、実はお彼岸もまた摂衆生戒の表れです。時代の風潮としては「生きているオレこそ大切で、先祖なんかどうだっていい」ということになるのかもしれませんが、対してお彼岸は先祖も含んだ私たちみんなが清らかに安穏でありますようにという願いの時節なのです。
少なくとも私はこういう願いこそ大切だと思っています。